第2章「愉しみ方」や第3章「美的感性」などで、モデルカーの本質的な魅力を解説してきました。ここまで到達された皆さんなら、既にモデルカー鑑賞の “壺” はおおよそ心得ていらっしゃるはずです。
そこで、実践編の最終第5節では、それらモデルカーの魅力を鑑賞する上での理念や、具体的にどういう着眼点や方法論があるかを、私の基準でご紹介いたします。
Artwork Pagani Zonda C12S 2000-2002
作品紹介 パガーニ・ゾンダ C12S 2000~2002年
Description
Pagani was founded in 1992 at San Cesario sul Panaro near Modena in Italy by Horacio Pagani, the Italian rooted Argentinian. He had designed and built his first F3 racing car at 20 years old and
moved to Italy in 1983 with a letter of Argentinian Juan Manuel Fangio who was 5 times F1 World Champion. Horacio worked for Lamborghini and built Countach Evoluzione with carbon composites.
Recognizing the necessity of industrial autoclave, he bought one by himself and established Modena Design to make carbon fiber composites for F1 cars in 1991 prior to Pagani's foundation. Taking
7 years to develop, Pagani presented its first road car Zonda C12 in 1999. Mercedes-Benz's AMG V12 engine was mid-mounted by Juan Fangio's advice, who died in 1995. Zonda was named after foehn
wind of the Andes in Argentina. C stands for the initial of his wife and 12 for his 12th midship project. Racing version Zonda R recorded the fastest lap time of 6:47.50 on the Nürburgring
Nordschleife in 2010.
作品解説
パガーニは1992年にイタリア北部のモデナ近くのサン・チェザーリオ・スル・パーナロに、オラチオ・パガーニによって設立されたスーパーカー・メーカーです。イタリアからのアルゼンチン移民2世のオラチオは、20歳でF3レーシングカーを設計・製作し、スーパーカー製作を志して同じアルゼンチン出身のF1世界王者(5回)ファン・マヌエル・ファンジオの推薦書を携えて、1983年に単身イタリアへ渡りました。ランボルギーニで数々のプロジェクトに関わり、カーボンを多用したカウンタック・エボルツィオーネでその重要性を認識し、産業用オートクレーブ(大型圧力容器)を自ら購入・独立して、1991年にモデナ・デザインを設立しました。F1チームなどにカーボン複合材料等を提供しながら、翌92年から念願のスーパーカー製作を開始し、7年の開発期間を経て1999年に発表したパガーニ第1号車がゾンダC12です。95年に他界したファンジオのアドバイスで、メルセデス・ベンツAMG製V12エンジンを採用し、ミッドに搭載しました。ゾンダとはアンデス山脈からアルゼンチンに吹くフェーン風、Cは妻クリスチーナの頭文字、12は彼の12番目ミッドシップ車を意味します。“レース仕様”のゾンダRは、2010年にドイツ・ニュルブルクリンク北サーキットで最速の6分47秒50を記録しました。モデルカーはプロバンス・ムラージュの15台限定完成品の9番目です。
作品の本質を見出す
モデルカーの鑑賞方法は如何にあるべきか、私が至った確信を、実体験に基づき少々時系列でご紹介します。
モデルカー学では常識ですが、実車が移動または運搬のための “道具” であるのに対し、縮小模型であるモデルカーは、鑑賞するために創造された “大人の美術工芸品” です。実在していること自体に存在意義があります。
ただし、逆の言い方をすれば、鑑賞する以外は何の役にも立ちません。絵画などの芸術作品と同じです。芸術作品でも美術商にとっては利益を得る道具、つまり “商材” ですが、本質とは別次元の分類なので、本節の考察には含めません。
作品を手にしていると「タイヤが動く?」などと聞かれます。車体を手に取って、ブーンブーンと動かして遊ぶ道具か? という問いです。私は「動く訳無いやん、モデルカーだもの」と答えます。動くと “Toy”、静止状態で鑑賞するから “美術品” です。
コレクションを始めた頃のロンドンの住居では、まだ保有作品数が少なかったため、TV脇の戸棚にガンディーニ作品を陳列し、こっそり眺めるのが至福のひと時でした。オランダに転居すると、ベッドルームの天井側に据え付けられていた収納戸棚に並べ、ランボルギーニやロータスの全車種が並ぶのを、毎夜夢に見ていました。
日本に帰任した際の引越荷物は、家族3名分の荷物の他に、一家族分に相当する数十の段ボール箱がモデルカーでした。実家にそのまま置かせてもらって、赴任地の東京で収集を継続しました。そこから私のコレクションは、“ダンボルギーニ” 状態が基本形態となりました。
高知へ転勤すると収集が通販中心になり、新作予約と買い損ねた過去作品の捜索に忙殺され始めました。鑑賞する時間的余裕を失い、私の許に嫁いだ作品達は、受領時に「こんにちわ」と初対面を果たすと、その後はずっと暗冷所に閉じ込めらたままとなりました。
補註:実際に段ボール紙を使って製作された1/1の3D造形物もダンボルギーニと呼ばれますが、ここではランボルギーニを中心とするモデルカーを段ボール箱に仕舞い込む状態を言います。私が2015年4月から公に使用している表現です。
私の夢は、いつか一戸建て住居を持ち、その1階(重いので2階はNG)の奥まった部屋に、自分だけのモデルカー博物館を作ることに変化しました。博物館と言っても見せる陳列ではなく、南海トラフ巨大地震を考慮して引出しに外箱ごと収容する形式です。見たい時に引っ張り出してほくそ笑むという、自分だけのプライベート博物館、まあ洒落た機能的収納庫ですね。
現実はというと、アパートの私の6畳部屋は棚がまず段ボール箱に占められ、奥の方から段ボール箱が迫って来て、大都会に超高層ビルが林立するように、上方に向け段ボール・タワーが伸びてゆきました。そして遂に私の部屋は、1人座って14インチ程のテレビデオにかぶりつく空間のみを残し、見事に天井まで段ボール箱で埋まってしまったのです。
そこに新たな転機が到来します。住宅ローンを組む年齢の関係で、私は一戸建てを諦め、中古マンションを購入しました。引っ越しにあたり、生活用品はマンションへ、ダンボルギーニは実家へという、分散戦術を展開しました。親族の辛抱と寛大な “消極的協力” のおかげで、成人式を迎えたダンボルギーニは、晴れて実家に集結することとなります。
急転直下、本物の博物館の構想が持ち上がります。「創造広場アクトランド」の創設です。これを機に私は、モデルカーの “美術工芸品” としての魅力を広く一般社会に知らしめることが、業界への恩返しであり私の使命だと認識しました。そのための理想の環境を創り出すべく、限られた敷地内で棚の設計や照明の工夫などを凝らし、展示室が完成しました。
次に、即展示可能な3700台を選定し、実車ブランドの国別に段ボール箱へ詰め替え、ID番号を振り詳細情報をデータベース化しました。その後、全作品にIDシールを張り、外箱から出してケースを外し、飾り棚に体系的に陳列しました。皆さんの想像を絶する一大作業です。入手後初めて台座から透明ケースを外すという作品が大半でした。
コレクターなら、ホコリ除けで破損防止の透明ケースは基本的に外さないものです。その流儀を覆していざやってみると、作品が鼓動を始め、血流が巡り渡って活力に充ち溢れてきたのです。優れた美術品は、人に感動を与えるべく創作されます。箱に埋もれたままでは、生まれた甲斐がありません。人に堂々と鑑賞されてこそ、その生命は輝きを放つのです。
収集を開始した頃の、“好きなブランドの全車種をモデルカーで揃えたい” という途方もない夢は、四半世紀を経て9割方は達成されていました。作品を展示館に並べる時には、1台の名車に対し、その家族や親族、先祖や子孫、そして好敵手まで、あらゆる関係者が揃っていたのです。
名車はその1台だけをとっても、機能的な造形美に惚れ惚れするほど十分鑑賞に堪え得る魅力を持っています。しかし、その素性や歴史的位置づけを詳しく知ると、魅力はさらに増大します。私たち人間と同じです。1台1台のモデルカーも、決して独りでは生きていないし、生きてはいけないのです。
衣装替えは、車体色や空力パーツなどのバリエーションです。フェイスリフトやマイナーチェンジは兄弟姉妹やいとこ、フルモデルチェンジは親や子供に該当します。同じデザイナーに生み出された義理の兄弟姉妹も居ます。それらを体系的に鑑賞すると、隠された魅力まで掘り起こすことができます。
各モデルカーのケースを開けたのが初めてなら、体系的に並べてみたのも初めてでした。圧巻です。そこには、各車種に込められた多くの人達の情熱・知恵・美意識、そして伝統・技術・プライドなどが溢れ出ていました。こういう味わい方ができるのは、縮小模型であるモデルカーだけの特権でしょう。
モデルカー・デザインの血脈が、生みの親である “実車ブランド” を源に流れ出て広がっているとすれば、縮小再現された3D造形物としての個性は、育ての親である “個別のモデルカー・クリエイター達” によって生み出されています。
実車の魅力をモデルカーで堪能する手法は、既に紹介した通り、生みの親からの系譜を辿る方法です。それに加え、同じ車種でも育ての親の生育環境で微妙に異なる、クリエイター毎の意匠や造形も、モデルカー鑑賞の対象となります。
全長4m×全幅2mもある実車を、わずか10cmほどの掌サイズに縮尺再現する訳ですから、創作の過程でフォルムの解釈や細部再現の取捨選択など、必ずクリエイターなりのデフォルメが行われ、クリエイター独自の作風が現れます。
実車の模型が欲しいだけなら1台で十分ですが、モデルカーそのものを愉しむなら、同じ車種で複数のクリエイター作品を収集・比較することです。並べてみると、同じ形状のはずなのに、受ける印象は不思議なくらい違っているものです。
モデルカーを各クリエイターの作品ととらえ、実車との対比やクリエイター間の比較をしながら、個体鑑賞する際の着眼点を幾つか挙げてみます。
第1章・第4節「素材」で説明しましたが、同じ車種でもクリエイターによって用いる素材や、それに伴う各部位の構成方法などが異なります。素材の特性によって得意な表現に差が生じるため、例えば透明パーツの素材選択やエッチングパーツの有無、鋭角部のシャープさなどが、作品の精巧度や風格に大きな影響を与えます。
実車ブランドに高額の版権料を支払っても、彼らは基本的に情報提供してくれません(例外あり)。モデルカーの形状再現は、クリエイターの自助努力の産物です。原型製作は写真が元情報ですので、粘土でも3D CADでも、いかに上手に平面情報を立体化できるかでフォルムの完成度が決まります。モデルカーを手に取って半球状に俯瞰で眺めると、各作品の形状再現の違いが、面白いほどよく分かります。
実車好きには、現物や写真を見て大きく魅力を感じる部位が存在します。モデルカー製作では、原型師が実車好きと同じ観点で魅力を感じ取ることが重要です。購入者はその車種が好きなコレクターなので、クリエイターの感性が彼ら以上に実車の魅力をとらえられているかです。フォルム以外では凹凸に特徴が現れやすく、吸排気口や前後フェンダー、アクセントとなる空力パーツなどが好例です。
第1章・第2節「精巧度」で触れましたが、全体のフォルムが良くても、細部をしっかりと作りこんでいるかどうかで、3D造形物としての説得力に差が出ます。例えば、ライト周りやワイパー、エンジンやホイールなどです。しかし、作りこみ過ぎても効果が無ければコストが増加するだけで逆効果です。魅力を最大限に表現できる最小限の作りこみに抑えておくのが、クリエイターの腕の見せ所です。
モデルカーにとって塗装は、女優やファッション・モデルの素肌に相当します。塗面が滑らかで、色彩が均一かつ発色が良く、自動車ならではの光沢を湛えていなくてはなりません。これはクリエイターによって如実に差が表れます。格安ダイカスト製作品だと、やや難のある作品もありますが、高額レジン製ファクトリー・ビルト作品だと、総じて素晴らしい塗装仕上げになっています。
自動車は同一車種で複数の車体色が展開され、モデルカーでもよく3~5色が生産されます。色というのは複雑で、実車の同一色でもクリエイターによって再現結果に差が生じます。少し変わった車体色やメタリック系の色で、その傾向が強く表れます。収集・鑑賞に際しては、再現の正確さを重視するもよし、モデルカー個体色として好き嫌いを重視するもよしです。
人間の顔は、パーツの種類が同じでも、個々の形状や大きさとその配置バランスによって、印象は大きく変わります。体形も同じで、胴の細さや手足の長さなどが違うと、同身長でもプロポーションは別物になります。モデルカーも同じです。構成要素が単一の車種でも、フォルムや細部の造形、塗装や全体のバランスなどが微妙に違うことで、集合体としてのモデルカーの印象は、クリエイターの作品毎に異なるものです。少々高額でも、レジン製精密モデルカーが醸し出す作品の風格は、圧倒的な魅力を湛えています。
作品の個性は、モデルカー本体の風格です。しかし、それ以外の部分に手を入れたがるクリエイターも居ます。コレクター目線からすれば、明らかにクリエイターは勘違いしています。
例えば、通常の4台くらい大きな台座の作品を、得意げに発売することがあります。台座と輸送の無駄なコストが増え、展示場所も無駄に広く取るだけです。良いことは全くありません。当然、体系的に並べる上で不都合です。さらに本体を斜めに固定するなど、クリエイター毎に台座へ意味のない “チョイ工夫” をされると、他の作品との整合性が取れず、困りものです。
クリエイターとしては、作品単体で商品価値を高める意図があるのでしょうが、そういう本質以外の部分で小細工をしても、それらがモデルカーの個性や魅力につながることは一切ありません。
世界モデルカー博物館では、外箱と透明ケースを外して、本体+台座の状態で強化ガラス内の棚に展示していますが、私が欧州でコレクションを着実に充実させていた頃、保管と展示を両立させる方法を考案し、実践していました。
まず、全作品の台座を統一します。ダイカスト製モデルカーは外箱のまま鑑賞できる体裁になっていますが、材質や形状が安っぽいので、私はわざわざレジン完成品用のBBR社製アクリル・ケース台座に取付け直しました。それだけで、ダイカスト製作品本体の約1/3以上のコストがかかりました。
台座に取付ける際、本体の配置位置と取付け方法が重要です。レジン製作品は、台座の先端に車種やクリエイターの銘板を取付ける場合が多く、鑑賞時のバランスから、私は本体前後の余白比を前2:後1と決定しました。
さらに、固定ネジは原則2本とし、タイヤを支点にシャーシが引っ張られて歪まないように、ネジの周りにドーナツ状のゴム・ワッシャを敷き、その平面部でシャーシの固定部周辺を受けるようにしました。ゴム・ワッシャは、車高を調整できるよう厚みの異なる数種類を用意し、組合せて使用しました。
BBR社製アクリル・ケースは、透明ケースを台座にハメるだけで、ダイカスト製用ケースみたいな上下の固定機能はありません。セロテープで止めるのは美的にNGだし、粘着力に頼るのは不安です。持った瞬間に本体が台座ごと落下するなどは、取扱う上で決してあってはならない事態です。
そこで、BBR社製アクリル・ケース用の保管兼鑑賞用の外箱を自分で設計しました。オランダの印刷業者に特注し、かなりの数量を自費製作しました。我ながら優れものです。
工夫した点は、まず持った時に本体と台座が物理的に外れないようにすることです。次に、そのまま保管しても、前後、横(左側だけ)、真上から本体の姿をきちんと鑑賞することができる、窓の形状です。本体の台座における固定位置と連携しています。さらに、鑑賞する面の後ろ側には、作品の銘板シールを貼るためのスペースを用意してあります。
次は色です。外側は光沢の白、内側は艶消しの黒とし、作品の背景と台座の一体感を重視しました。しかし、そう注文したにもかかわらず、納品された箱紙は両面が白色でした。その点が唯一残念です。今は予定がありませんが、機会があれば現物を写真撮影して、詳しく紹介することにします。