第4章 知的感性 Inspiration

モデルカー趣味は、決して造形物の収集だけで終わるものではありません。その行為を通じて、気付き、学び、感性が磨かれていきます。「コレクター」とは、その結果到達した一つの境地、趣味人に与えられた一種の称号だと考えます。

第4章では、「コレクター道」を邁進することによって喚起される “知的冒険心” について紐解きます。

 

ただし、展開する理念や信条は全て “得手勝手論法” であり、考察はモデルカーの分野から飛び出し、広く「趣味学」の領域へと足を踏み入れます。そのため、モデルカーの写真より文章が多い構成となっていますが、ご了承のうえ最後までお付き合いください。

 

 第1節 重要性 Significance

 第2節 相対性 Relativity

 第3節 独自性 Originality

 第4節 継続性 Continuation

 第5節 私有化 Privatization




Artwork   Ferrari Testarossa 1984

作品紹介 フェラーリ・テスタロッサ 1984年

1/43 AMR Ferrari Testarossa 1984  フェラーリ・テスタロッサ 1984年

Description
In 1973 Ferrari presented a new flagship of 12 cylinder mid-engined road car. The engine was newly designed 180 degree V12 instead of the traditional 60 degree V12, and called the Boxer engine that is mechanically different from the flat engine like Porsche. In 1984 the flagship was taken over by Testarossa with drastic changes of body styling to demonstrate the new era of Ferrari. It consecutively evolved to 512TR and F512M until 1996. The model car is AMR's white metal factory built of the early version of Testarossa with one-side mirror.

 

作品解説
1973年、フェラーリはロードカーの旗艦12気筒モデルにミッドシップ・レイアウトを初採用しました。しかし、先代までの60度V型ではなく、ボクサー・エンジンと呼ばれる新開発のバンク角180度のV型で、ポルシェな どの水平対向エンジンとは左右ピストンの動きが異なります。1984年にはエンジンの改良とスタイリングの刷新により、テスタロッサへと進化しました。大胆なサイド・インテークの意匠は衝撃的で、フェラーリ新時代の到来を告げています。その後も512TR、F512Mへと正常進化を続け、テスタロッサ・ファミリーは1996年まで生産されました。モデルカーは旧・AMRのホワイトメタルファクトリービルトで、車は片側サイドミラー式の前期型テスタロッサです。





〔学院長の補足メモ〕

第1章・第2節の補足メモで紹介したボディシェル品質のエピソード、続編です。私が初めて実車テスタロッサに出逢ったのは、スイスのジュネーヴ出張中、街中を颯爽と走り抜けるカッケー車輛に気付いた時です。十数年ぶりに見たフェラーリ、それがテスタロッサでした。次がルクセンブルグ出張中。顧客に招待されてビジネス・ランチすべくホテルへ向かうと、玄関先にスッとテスタロッサが停まります。ドライバーが降りてボンネットを開き、中からヒョイッと鞄を取り出しスッとホテルに入っていきました。まず「前から荷物が!」と驚き、次に間近で見たテスタロッサの、先代512BBとは違う直線基調でシャープな造形美に惚れ惚れしちゃいました。

 

当時はオランダ在住でしたので、まずは国内随一の老舗デパート De Bijenkorf のおもちゃ売り場へと探索に出かけます。残念ながらテスタロッサは、鉄道模型のアクセサリーとしてプラスチック製ミニカーを出しているドイツ・ヘルパの1/64作品しかありませんでした。後に同社は、1/43フル開閉のテスタロッサ、F40、348など意欲作をリリースすることになります。蛇の道は蛇、モデルカーなら専門店ということで、現地の薄っぺらなモデルカー雑誌に掲載された小さな広告を頼りに、一軒ずつシラミ潰しに、オランダとベルギーのモデルカー屋さんを訪問し始め、時間をかけてテスタロッサ系(512TRやF512Mも含む)モデルカーを収集していきました。

 

ザックリ価格帯でランク付けると、高額な順にホワイトメタル製、レジン製、ダイカスト製(同列でプラスチック製)と並びます。だったら同じ順に高品質であって欲しいですよね。でも “必ずしもそうじゃない” ことをテスタロッサが教えてくれました。「モデルカーの品質とは何か?」という問題提起です。ホワイトメタル製の決定版こと写真のAMRテスタロッサに私が出逢うのはずっと後。レジン製だと日本・メイクアップのテスタロッサ系が決定版ですが、作品が世にリリースされるのはもっとずっと後のことです。実車種とリアルタイムの90年代に流通していた主なテスタロッサ系作品(全てではない)は下記の通り。今回のエピソードの主役達です。

  • テスタロッサ: ホワイトメタル ⇒ウェスタン | レジン ⇒BBR, スターター | プラスチック ⇒ヘルパ
  • 512TR: レジン ⇒BBR, スターター | ダイカスト ⇒ミニチャンプス(PMA)
  • F512M: レジン ⇒BBR, プロバンス・ムラージュ | ダイカスト ⇒ミニチャンプス(PMA)

そもそも、テスタロッサ系3車種を全て作品化しているメーカーがBBRだけというのが情けないです。モデルカー業界の体質が脆弱な理由の一つです。コレクターにとっては “関連車種の全作品化” が鉄則です。しかし、メーカーの方々ご自身がコレクターではなく、諸々の大人の事情が拍車をかけて、この惨状なんだと思います。

 

BBRは同郷イタリアのフェラーリ作品にビジネスの活路を見出し、コレクターにとっては嬉しい全車種作品化に取り組んでくれています(フェラーリは売れますから)。私はBBR作品の一大コレクターですが、テスタロッサ系3車種の作品には戸惑いました。高額レジン製完成品だけあって、箱、塗装、パーツ構成などは一級品です。しかし、作品の素性を決定する肝心の “ボディシェルの形状” が非常に残念だったのです。

 

各メーカーのテスタロッサ造形(車種を問わず)の特徴を記すと、①ウェスタンは大作り、②BBRは扁平過ぎ&側面が角過ぎ、③スターターは前面が四角過ぎ、④プロバンスはボンネットが膨れ過ぎ ということで、結局テスタロッサ系のボディシェル造形が最も優れていたメーカーは、ダイカスト製のミニチャンプス(同列でヘルパ)でした。ヘルパはフル開閉モデルなので、別の所に凄さがあります。

 

当時のモデルカーは、ガレージキットと同じように粘土から手作業で原型が作られていました。つまり、ボディシェル形状の品質は、原型師の技量や、その作品における原型の完成度によって決まっていたのです。材質や製造工程という “ハード面” より、原型師の美意識、指先の動き一つ、塩梅一つという “ソフト面” の問題だったのです。人間だと、顔のパーツ構成(眉、目、鼻、口など)が同じでも、大きさや配置で印象は全く異なります。美しさとはバランスです。だから価格や材質、メーカー名などを妄信してはいけません。一つ一つの作品に真摯に向き合い、実車の魅力が適正に縮小再現されているかを、自分自身で培った鑑識眼を以て判断し、作品を正当に評価し愛でる、そういう姿勢がスポーツマンシップならぬ “コレクターシップ(Collectorship)” なのではないでしょうか。その精神に則り、 1/43 ロードカー・2ドア・クーペというフォーマットであれば、材質やメーカーに関わらず分け隔てなく収集するという独自のスタイルに辿り着きました。

 

ちなみにAMRテスタロッサ、実は2台入手してます。1台目はオランダ駐在時ですが、2台目は帰国後の東京駐在時にヤフーオークションを通じてコレクターの方からお譲りいただきました。 その経緯がドラマチック。当時私はヤフオクで1/24旧作プラモデルのテスタロッサ系作品を精力的に収集していました。評価欄に何を落札したか記録が残っていきますよね。ある日、テスタロッサ赤のAMRファクトリービルトが良心的価格で出品されているのを発見します。人気作品なので勝負するかどうか悩みつつ、2台目だから取り敢えず低い値段で入札。数日の間、勝負のタイミングを計っていましたが、まだ期限前なのに、突然私に落札の一報が入ります。出品者の方が私の評価欄をご覧になって、「大切な作品だから、テスタロッサを本当に好きな方にお譲りしたい」と早期終了してくださったのです。感動するじゃありませんか。

 

という訳で、品川区の拙宅から文京区のご自宅まで、御礼かたがた直接受け取りに出向きました。すると驚いたことに、ご自宅は東京都の文化財に指定されている由緒ある老舗旅館でした。他の趣味に力を注ぎたいから泣く泣くモデルカーを手放す決心をされたそうです。他にもウン十万はしそうなハンドビルトのF1モデルなどもありました。第4節「収集の継続性」に記しましたが、充実したコレクションの継続には、お金では買えない「人との良縁」が重要な役割を果たしていきます。コレクションは決して自分一人の力では成り立たないのです。

2020年3月某日