Carrozzeria Fissore / フィッソーレ社


トレヴァー・フィオーレが腕を振るったカロッツェリア


イタリアでは、コーチビルダーつまり自動車の車体(ボディ)製造会社をカロッツェリアと呼びます。動力がまだ馬だった頃の高級馬車工房、カロッティエーレが語源です。内燃機関が発達し、自動車メーカーがシャーシとエンジンを製造するようになると、馬車同様に豪華なボディを設計・製造する役割を担いました。そのため、カロッツェリアの多くはイタリア北部の工業都市、トリノやミラノ周辺に集中して存在しています。

 

産業としての発展と、地元トリノで毎年(84年から隔年)開催されていたモーターショー(02~14年は中断)などにより、20世紀はカロッツェリアが隆盛を極め、優れた人材が集結し、世界的な自動車デザイナーが数多く輩出されました。その一方で、21世紀のカロッツェリアには、業態の変化に伴う変革や再編が求められています。カロッツェリア・フィッソーレは、残念ながら時代の荒波を乗り越えられなかった1社です。

デザイン会社の基本情報

Corporate Profile / 企業プロフィール

Name / 社名 Carrozzeria Fissore カロッツェリア・フィッソーレ
Location / 所在地 Savigliano, Piedmont, Italy イタリア、ピエモンテ州、サヴィリアーノ
Founder / 創業者 Antonio, Bernardo, Giovanni, and
Costanzo Fissore (4 Brothers)
アントニオ、ベルナルド、ジョヴァンニ、
コンスタンツォのフィッソーレ4兄弟
Founded / 設立 1921 in Savigliano, Italy 1921年 / イタリア、サヴァリアーノ
Key People / 主要人物 Trevor Fiore トレヴァー・フィオーレ
Owner / 親会社 Automobile Monteverdi AG モンテヴェルディ
Defunct / 活動停止 1976 1976年
Successor / 後継社 Rayton Fissore (1976-92) レイトン・フィッソーレ(1976~92年)

Corporate History / 企業の沿革

カロッツェリア・フィッソーレは、フィッソーレ家の4兄弟によって、イタリア北部トリノ近郊のサヴァリアーノで1921年に設立されました。乗用車、商用車、特装車(郵便車、救急車、霊柩車など)、軍用車輌(第2次世界大戦中)で業績を上げます。

 

60~70年代はチシタリア、オスカ、デ・トマソ、モンデヴェルディ、TVR、トライデント、アルピーヌ、オペル、DKWなど国内外から多くの業務を受託しましたが、緊縮財政に伴う経営危機に陥り、76年に生産活動を停止しました。

代表的なデザイン作品

カロッツェリア・フィッソーレは、決してベルトーネやピニンファリーナのようなビッグネームではありませんが、イギリス出身のデザイン・コンサルタント、トレヴァー・フィオーレ(母方のイタリア性を名乗る前はトレヴァー・フロスト)の手を借り、美しいスタイリングの有名車種を世に送り出しています。

 

ここに紹介する3台は、スーパーカー黎明期の1960~70年代に登場し、自動車業界や実車ブランドの発展史には欠かせない存在です。また、モデルカー・コレクションとしても特異性や希少性が高いため、カロッツェリア・フィッソーレの名を冠して、その魅力を説くに値する作品群だと判断しました。

 

トレヴァーは自身の手になる最初期のミッドシップ・ロードカー・ヴァレルンガ発表の64年、イギリスのスポーツカー・メーカーのエルヴァ(ELVA Cars)にも、美しいボディ・デザインを提供しています。車名はエルヴァ・BMW GT160で、最高速度160マイル/hを標榜する、もう1台の最初期ミッドシップ・ロードカーです。

 

「英・独・仏・伊合作車」と謳われたGT160は、メーカー(エンジニアリング)のエルヴァ、エンジンのBMW、スタイリングのトレヴァー(当時フランス在住)、ボディ製造のフィッソーレ(イタリア)の共同作品です。1/43モデルカーはエルヴァ社によるリリースで、世界モデルカー博物館に展示されています。

De Tomaso Vallelunga / デ・トマソ・ヴァレルンガ 1964~68年

1/43 De Tomaso Vallelunga / デ・トマソ・ヴァレルンガ 1964~68年

デ・トマソ・ヴァレルンガは、ジェルジェット・ジウジアーロが自身初のコンセプトカー・アルファ・ロメオ・カングーロを出展した1964年のトリノ・モーターショーで、デ・ソマソ初の市販車であると共にATS2500GTフェラーリ250LMなどと並ぶ世界最初期の市販ミッド・エンジン・ロードカーとして初披露されました。車名はイタリアのサーキット名に因み、135psの1.5リッター直4エンジンをミッド・マウントしています。

 

ヴァレルンガは市販段階でスパイダーからクーペに変更され、生産はカロッツェリア・ギアが行いました。フォードV8を搭載するマングスタ(67~71年)が後継の主力車種となったため、68年までに53台しか生産されませんでした。因みにマングスタは、65年にギアへと移籍したジョルジェットの作品です。写真の1/43モデルカーは、イタリア・マイクロスプリント社のレジン製ファクトリー・ビルト完成品で、レアな1台です。

Monteverdi Hai 450 SS / モンテヴェルディ・ハイ 450 SS 1970年

1/43 Monteverdi Hai 450 SS / モンテヴェルディ・ハイ 450 SS 1970年

モンテヴェルディは、元レーサーでエンジニア兼経営者のピーター・モンテヴェルディ(1934~98年)が、スイス・バーゼル(ドイツ語圏)のビニンゲンで67年に設立した高級車メーカーです。ハイとはドイツ語でサメを意味し、型式名は450psを発揮するクライスラー製7リッターV8エンジンをミッドに搭載したスーパースポーツ(SS)であることを表しています。

 

トレヴァーは、ルーフからリア・エンドへのライン処理が見事な美しい流線形ボディをスタイリングします。70年のジュネーヴ・モーターショーで初披露されますが、プロトタイプのみで量産には至りませんでした。しかし、トレヴァーが創造したハイの流麗なスタイリングは、同時期に携わっていたアルピーヌA110の後継車、A310のスタイリングへと受け継がれるのです。

Alpine A310 V6 Series 1 / アルピーヌ A310 V6 シリーズ1 1976~80年

1/43 Alpine A310 V6 Series 1 / アルピーヌ A310 V6 シリーズ1 1976~80年

WRC覇者として、アルピーヌの名を天下に轟かせたA110、その後継車がA310です。鋼管バックボーン・フレームRR駆動やFRPボディなど、基本構造をA110から受け継ぎましたが、ラリー・カーでなくGTカーです。71年のジュネーヴ・モーターショーで初披露され、85年まで生産・販売されました。

 

トレヴァーがデザインした初期型(71~76年)は、角形6灯ヘッドライトをプレクシグラスで覆った前衛的なフロントマスクが特徴ですが、空力的に前後の浮揚が問題でした。そこで、76年にコンサルティング事務所を設立したばかりのピーター・スティーブンスに、スタイリングの改善が依頼されます。

 

ルノーのデザイン・チーフであったロベール・オプロンの指揮の下、ピーターはA310の空力特性を向上させるボディのリスタイリングを行います。パワー・ユニットも前期型の1.6リッター直4から2.6リッターV6へと換装され、4灯ヘッドライトでシャープさを増したA310 V6が誕生しました(写真)。

 

A310 V6は81年にシリーズ2へと進化し、オーバー・フェンダー、ワイド・タイヤ、エアロ・パーツなどが装備され、エンジンも2.8リッターに拡大されました。A310の個性的なフォルムは、その後もリスタイリングされながら、84~91年のV6ターボ(GTA)や91~95年のA610へと受け継がれています。