第6章 / 第4節 未組立キット Kits

全章を通じてモデルカー作品を紹介していますが、そのほとんどがファクトリー・ビルトやハンド・ビルトなどの完成品です。しかし、第1章「基礎知識」第3節「商品形態」で紹介したように、モデルカーが流通する際、「キット」という形態の商品も存在しています。年々、リリース数は減少していますが。

 

キットであれば、第5章「実践方法」第3節「モデルカー・キットの組立方法」で紹介した、「組立」という作業が別途必要です。それでもキットは、上級コレクターを目指す者にとって、コレクションの充実には欠かせない存在です。本節では、キットの魅力の一端と私の保有作品の一部を紹介いたします。



Artwork   Mercedes CLK-GT Proto 1997

作品紹介   メルセデス CLK-GT 試作車 1997年

1/43 Mercedes CLK-GT Proto 1997   メルセデス CLK-GT 試作車 1997年

Description
In 1997, Mercedes-Benz in cooperation with AMG wished to enter the FIA GT Championship and developed their first mid-engined GT racing car CLK-GTR. Externally inspired by CLK Coupe for street, the car featured advanced racing technology with 6 litre 600ps V12 engine, and 25 road-legal versions were created in order to be homologated. CLK-GTR allowed the brand and the driver to be crowned the title of 97' GT Championship respectively. Based on its success, Mercedes-AMG challenged Le Mans 1998 with upgraded CLK-LM that started from pole position but retired a few hours later. They returned to Le Mans 1999 with 5.7 litre V8 mid-engined CLR but became airborne during qualifying and the race itself, and had been forced to drop out of Le Mans and GT racing. The model car is a prototype of 1997 CLK-GTR in plain body version by BBR.

 

作品解説
FIA(国際自動車連盟)が1997年から開始したGT選手権に参戦するため、メルセデス・ベンツはチューニング部門のAMGと一緒に、自社初となるミッド・エンジンのGTレーシングカー、CLK-GTRを開発しました。外観は一般車のCLKクーペに似せてありますが最新のレーシングカー技術が盛り込まれ、6リッター600ps V12エンジンを搭載しています。公認(ホモロゲーション)を得るため公道仕様(ロードカー)を25台製作しました。メーカー、ドライバー共に選手権タイトルを獲得したため、メルセデスAMGは98年のル・マン24時間耐久レースに参戦します。改良版のCLK-LMはポールポジションを獲得しますが、決勝は数時間でリタイアしました。その雪辱を晴らすため、翌99年には5.7リッターV8エンジンをミッド搭載する空力重視の発展型CLRを投入します。しかし、予選・決勝共にフロントが浮き上がり車体が宙を舞う事故に見舞われ、メルセデスはGTレース活動から撤退することになりました。モデルカーはBBR製の1997年レース用CLK-GTRの試作車です。ロードカーはGTRもLMもウィングの形状等がレースカーとは異なり、唯一D&Gがモデルカー化(共に世界モデルカー博物館に展示)しています。



個性的作品への潜在的可能性


キットならではの特長

キットというモデルカー “商品” は、その形態の属性として完成品にはない幾つかの特長を有しています。そもそも、子供の玩具であったミニカーが、大人の美術工芸品であるモデルカーへと進化・発展を遂げられたのは、キット商品が存在し、キット・クリエイター達が造形美を競ったからに他なりません。

 

ミニカーの技術的延長線上にあるダイカスト製モデルカーは、1車種1色あたり1000台以上大量生産されるため、大量販売が期待できる人気車種だけが商品化されていました。そこに、少量生産に適した材料が登場し、稀少車種も視野に入れた精密造形のマニア向けキット商品が誕生したのです。

ボディ・カラーの自由選択

完成品とキットの最大の違いは、車体色の選択可能性にあります。完成品の車体色には2パターンあり、モーターショーやメディアで認知された1~3種のイメージ・カラーか、実車販売用にラインナップされた4~5種の選択色です。スケールモデルだから当然ですが、完成品はかなり実車寄りの車体色が選択されます。

 

そこで困るのが、一点物のコンセプトカーなどで、実車色が気に入らない場合です。モデルカー・コレクションの主権は私財を投じるコレクターにあります。私のようにブランド別や国別で車体色を統一している場合、その色でなくては困るのです。その点キットなら、コレクター自身で好きな車体色を選ぶことが可能です。

レースカーのロードカー仕上げ

車体色の自由選択は、仕上げの自由度を意味します。つまり、塗装の上に貼るレーシング・ゼッケンやスポンサー・ロゴを割愛し、レースカーをプレーン・カラー・ボディ、またはロード・バージョンに仕立てることが可能です。ファクトリー・ビルト完成品でリリースされる場合もありますが、極めて稀です。

 

F1で顕著ですが、レーシング・カーには最速を目指す最新の技術が盛り込まれます。そのカテゴリーには、ロードカーを改造するGTクラスや独自開発のプロトタイプ・クラス等がありますが、いずれも個性的な車体形状を最も効果的に引き立てる方法が、ロードカーの様なプレーン・ボディ仕上げなのです。

形状修正と改造

私自身にその能力は無いけれど、キットであるということは、組立時において形状を改造することができます。不正確な形状の修正、精巧度を増すディテール・アップ、特別車へのバージョン・アップ、またはその逆、そして架空スタイリングの創造など、改造には複数のテーマが存在しています。

 

同じ車種で複数のクリエイター作品を比べると、造形の個性や正確性に違いがあることが分かります。そこで、納得いく作品になるよう手を加えます。また、通常モデルしかリリースされていない場合、改造して特別仕様車へと仕立てます。その延長線上に、自分のオリジナル・デザイン車が存在します。

少量生産ならではの珍しい車種

改造や仕上げの自由度にも増して、少量生産のキット商品には、マニアックな車種選択が多いという特長があります。かと言って、車種選択が全てマイナーな訳ではなく、主要車種も押さえた上で、コンセプトカーやプロトタイプ車、中小ブランド車や少量生産車などが多数商品化されています。

 

自動車文化は幅が広く、奥も深く、モデルカー趣味の醍醐味を味わうには、この実車ブランドの多様性に向き合うことが不可欠です。そのためには、キット・クリエイター達の作品にも目を向け、彼らの車種選定眼に学ぶことをお勧めします。私自身、モデルカーから実車を知った例は数限りなくあります。

キットならではの珍しいモデル

世界モデルカー博物館に展示してある3700台の他に、私の未公開コレクションには、未展示の完成品と未組立のキットがそれぞれ1000台以上はあります(2016年9月現在)。上述の4つの特長に基づき、完成品では発売されていない稀少車種の収集と、レーシング・カーのロード・バージョン化を主な目的としています。

 

全てのキットをハンド・ビルト完成品にし、展示するのが私の壮大なプロジェクトなのですが、なかなか費用も時間もかかりそうです。そこで、キットとして特別な存在感を示している作品を、未組立の状態で何パターンかに分けて紹介いたします。


学院長註: 代表的な未組立キットの紹介は、収蔵キットの整理後に着手します。博物館に展示以降も、新規購入作品とキットの “ダンボルギーニ” 状態が進行し、手が付けられていません。可愛い娘たちをダンボルギーニの摩天楼から救出する日がいつ訪れるのか想像もつきませんが、キットならではの魅力に溢れた娘たちが舞台裏で待機中ですので、スポットライトに照らし出される日を楽しみにお待ちください(2016年9月現在)。